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グローバル展開の歴史

グローバル展開の歴史

これまで不動産業はドメスティックな産業とされてきましたが、私たちは40年以上も前から、海外ビジネスを展開しています。東急不動産の初代社長・五島昇は、「日本の発展はアジア・太平洋にかかっている」「アジアの国々とは人の交流が大事だ」という認識のもと、「環太平洋構想」を掲げて海外進出の重要性を説きました。私たちはこの構想に沿って、グアム、パラオ、インドネシア、シンガポール、中国、アメリカと活躍の場を広げてきました。新天地を求めてビジネスフィールドを開拓してきた、グローバル展開の歴史をご紹介します。

1. グアムで初の海外事業に挑戦(1972年~)

私たちの海外事業の第一号は、グアムにおける住宅建設事業でした。1972年、首都から16キロ離れたバリガダで32万m2の土地取得を開始し、その翌年、「ラッテ・ハイツ・エステイト」の宅造工事に着手しました。
総戸数266戸、建物はプレキャストコンクリート造りの平屋建てで、広さは3~5寝室という中級住宅でした。販売に際しては現地にモデルハウスを建てましたが、これは当時、グアムの住宅販売では初の試みでした。

2. 地上最後の楽園・パラオへ(1973年~)

1956年、戦後初めて民間人としてパラオ入りした日本人は、東急不動産の初代社長・五島昇でした。太平洋の島しょ国を歴訪した際、パラオの自然の美しさや文化に感銘を受けた五島は、南洋の地での事業を思い描き、帰国。
その後、1973年に用地を取得し、開発と環境保全のベストバランスを目指して誕生したのが、「パラオ パシフィック リゾート」です。「ヤシの木より高い建物は建てるなよ」という五島の言葉に象徴されるように、自然との調和を最大限に尊重したリゾート開発となりました。

3. インドネシアでの住宅開発(1975年~)

グアムでの住宅建設の経験を活かして、私たちはアセアン諸国へと進出しました。その第一歩は、インドネシア・バンドン市における住宅開発事業でした。1975年、現地企業と共同事業契約を締結。17.2万m2の土地に377戸の住宅を建設しました。
1981年には首都・ジャカルタへと進出。政情不安から混沌とする社会情勢にもめげず、「現地に融け込み、現地での社会経済に貢献する」という姿勢で事業を継続させ、これまでに累計約4,500戸の戸建を分譲。40年以上にわたり、現地での実績と信用を重ねています。

4. アセアン地域の中心・シンガポールへ(1980年~)

環太平洋における事業展開が一段と進む中、シンガポールの好立地に用地を取得。私たちは東急グループの先兵として、東南アジア経済の中心であるシンガポールに進出しました。
1980年、現地法人を設立し、最高級コンドミニアム「ザ・クレイモア」の建設に着手。約2万3千m2の敷地に、地下1階、地上26階建ての建物を2棟建設し、1棟は分譲、1棟は賃貸としました。当時、シンガポール随一とも言われた、超高級コンドミニアムを完成させました。

5. 成長著しい中国市場への参入(2005年~)

巨大不動産マーケットである中国市場への進出の端緒は、2005年に実施した上海市のデベロッパー「宝地置業有限公司」への一部出資でした。その後、本格参入の足がかりとして、2007年に現地法人「東急不動産諮詢(上海)有限公司」を設立。2008年には中国遼寧省瀋陽市の複合開発プロジェクトに参画。その後、青島・大連でマンションプロジェクトを開始しました。
2010年からは、上海で日本人向けサービスアパートメントの運営受託を行うなど、日本での不動産事業の経験とノウハウを活かした事業展開を進めています。

6. 世界最大の不動産市場・アメリカへ(2013年~)

425パーク・アベニュー完成予想図

世界最大の不動産市場であるアメリカへと事業地域を広げるため、私たちは1983年にロサンゼルス事務所を開設し、市場調査に着手しました。
その後、好機を見ながら、実際に事業を開始したのは2013年。ロサンゼルスにあるクリエイティブオフィスやヒューストンのアパートメントなど、複数タイプのアセットに不動産投資を開始しました。ヒューストンでも、1,300室を超えるアパートのリノベーションに着手。
2015年には、NYマンハッタンにおける複合ビル「425パーク・アベニュー」の再開発事業に参画するなど、世界最大市場で新たな挑戦を進めています。