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東急プラザ銀座

プロジェクト・ノート #001 東急プラザ銀座

Creative Japan ~世界は、ここから、おもしろくなる。~2016年3月31日開業

2016年春、東急不動産が手がける商業施設・東急プラザが、日本一の商業地である銀座に初進出しました。銀座エリアの「西の玄関口」である数寄屋橋交差点に誕生した新たなランドマーク。
「Creative Japan~世界は、ここから、おもしろくなる。~」 をコンセプトに、伝統と革新の街に新たな息吹を吹き込みます。東急グループの総力を結集したフラッグシッププロジェクトの取り組みをご紹介します。

プロジェクト・データ

事業名称 東急プラザ銀座
施行者 東急不動産株式会社
所在地 東京都中央区銀座五丁目2番地1
延床面積 約50,000m2
建物規模 地上11階、地下5階
用途 店舗(地上11階~地下2階)、駐車場等
開業 2016年3月

プロジェクト・サマリ

開発期間9年の大型プロジェクト

本計画は、物件を取得した2007年から足かけ9年をかけて完成した大型プロジェクトです。リーマンショックや東日本大震災など、事業環境がめまぐるしく変わるなか、「世界に誇れる商業施設を」という変わらぬ思いで、約20名のプロジェクトチームが開発にあたりました。
江戸切子をモチーフにした外観と、その内部を照らす「光の器」には、伝統と世界の最先端が交わる銀座の地に「何十年にもわたって輝くランドマークをつくろう」という開発メンバーの強い願いが込められています。

新しい銀座の魅力を世界へ発信する

地上66メートル、全13フロアの施設には、125店舗が出店。その多くが日本初出店や東京初出店の多彩なブランドで構成されています。東急百貨店の新セレクトストアや東急ハンズの新業態、都内最大の市中空港型免税店も出店。急増するインバウンド需要に応えています。
6 階と屋上部分にはパブリックスペースを設け、新たな憩いの場を創出。銀座の街を一望できる 27メートルの大吹抜け空間 KIRIKO LOUNGE では、渋谷の複合文化施設 Bunkamura と連携した文化イベントを開催。大人の街にふさわしいライフスタイル・プレイスを世界に向けて発信します。

KIRIKO LOUNGE
数寄屋橋公園

周辺環境の整備で街づくりに貢献

施設の開業に合わせて、施設周辺環境の整備にも取り組んでいます。隣接する数寄屋橋公園は、かつて外堀にかかる数寄屋橋が埋め立てられて公園となった場所。この公園を再整備し、憩いの場として快適にご利用いただけるようにしました。そのほか、国内外の来街者に銀座の最新情報をご案内するインフォメーションセンターを施設1階に設置。
今後もさまざまな取り組みで、魅力的な銀座の街づくりに貢献していきます。

Special Column

特別コラム

品格を貫きながら、新しいものにも柔軟な街

銀座の歴史

東急プラザ銀座では、時間をかけて育まれてきた「銀座らしさ」を活かしながら、さらなる魅力を引き出していこうとしています。数々の流行を生み出してきた街の歴史を振り返ります。

「銀座」という地名は、江戸幕府がこの地に設置した銀貨の鋳造所に由来します。当時は役人のほかに職人や能の関係者などが住まいを構え、大変なにぎわいを見せたそうです。明治時代になると、日本に押し寄せた文明開化の波の受け皿的な役割を果たしながら、銀座は大きく発展します。1872年、新橋・横浜間に日本初の鉄道が開通すると、ヨーロッパなどから輸入された家具や雑貨を扱う商店が軒を連ねるようになりました。

こうしたモダンな雰囲気に吸い寄せられるように集ったのがメディア関係者です。大正から昭和にかけて、新聞社や雑誌社がこぞって社屋を建設するとともに、文化人たちがカフェ―を拠点とするサロン文化に華を咲かせました。百貨店の開業も相次ぎ、小ぶりながらもこだわりのある商店と大型商業施設が共存する、銀座独自のスタイルが誕生。「銀ブラ」「モボ」「モガ」といった艶やかな流行が次々と生まれ、知的でエッジの効いたトレンド発信拠点として脚光を浴びました。

関東大震災や戦時中の空襲、戦後の動乱など、街は幾多の困難に直面しますが、そのたびに地域の人々が結束。街並みはもちろん、風紀にいたるまで細やかに気を配り、上品で洗練された銀座情緒を取り戻してきました。戦後になると歩行者天国の導入や世界トップブランドの進出など、「本物志向の大人がゆっくりと過ごせる街」というイメージが定着。銀座でしか味わえない特別な「ハレ感」は、新しいものを柔軟に取り入れながら、脈々と受け継がれています。

参考文献:銀座公式ウェブサイト http://www.ginza.jp/

銀座の街並み
銀座の百貨店
カフェー